広島かき
中清水産のホームページをご覧頂きありがとうございます。 ここには広島県人でも知らないことがいっぱい書いてあります。 小学校でも教えていないことも学べます。 広島の海の恵を全国へお届けするため、日夜努力し続ける中清水産をこれからもよろしくお願いいたします。
 
 
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広島牡蠣への想い

 牡蠣の養殖・管理・販売を手がけ、お陰様で創業50年を迎えます。
 これも偏に「おいしかった、ありがとう」のお言葉とともに、皆様にご愛顧頂いた賜物だと厚く御礼申し上げます。

 

 さてまずは、「広島牡蠣」中清水産の歴史をひもといてみたいと思います。
 創業者は私の祖父です。創業当時、イワシ網の加工場をしていた祖父が牡蠣の事業を始めるというと、10人が10人反対したそうです。 そんな無謀とも思えた牡蠣事業は、徐々に広島中に認知されていきました。
 昭和42年になると、周囲の牡蠣業者のモデルとなる牡蠣打ち場を建設します。右横の新聞がまさにその当時の様子です。また、イカダの養殖を手がけたのも祖父でした。イワシや海苔を捕る傍ら、牡蠣事業を拡大していったのです。

中国新聞掲載
昭和42年12月5日 中国新聞
青年部  そして、牡蠣事業は2代目の父へと受け継がれました。しかし、順調だった牡蠣事業に天災という魔の手が襲いかかったのです。それが平成3年の台風19号でした。自然の猛威は容赦なく牡蠣イカダを直撃しました。その年の漁獲高はゼロ。「広島牡蠣」は壊滅的打撃を受けたのです。
 その影響で翌年から「純粋な広島牡蠣の遺伝子を残す」取り組みが始まりました。他県産の牡蠣を扱う同業者もいました。しかし、お客様が納得して頂けるのはやはり純粋な「広島牡蠣」です。
青年部によるチャリティー
 上の写真はチャリティーで青年部が広島牡蠣を売っているところです。その売り上げで、ブナやケヤキ、カエデなどを山に植える試みが26年間で7000本に達しました。
 これは、中国山地から流れる水が牡蠣の成長に影響を与えるためです。豊かな水が牡蠣の餌であるプランクトンを育てています。おいしい牡蠣づくりは、山からの恩恵も受けているのです。
かきを食べる
一番のご馳走です。(従業員)
青年部  平成8年、ついに牡蠣の人工授精に成功しました。それから6年の歳月をかけ、データを集め、試行錯誤を繰り返し、平成14年、現在の「かき小町」の販売を開始したのです。ぷるっとしたむき身は、「お宅の牡蠣じゃないと食った気がしない」と言われるほど牡蠣本来の旨みを凝縮した純粋な「広島牡蠣」となりました。
 私たちの牡蠣に対する取り組みは、お客様の
「うまい牡蠣が食いたい」の一言に支えられています。そして、お客様から「おいしかった、ありがとう」のお言葉こそ、何よりのご褒美なのです。
 これからも、祖父から受け継いだ、純粋な「広島牡蠣」を食卓にお届けできるよう、日々作り続けて参ります。
中清水産 代表sign
 
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この歌の原曲を書きました。

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